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ちょい止まりの時計

2018/11/02

2週間ほど前の朝店に来ると、前日に完成した時計が止まっていた。

 

整備の完成した時計はその日から 「精度試験」 に入り、時計にもよるが、通常は2週間程度の精度試験を経て納品となる。

 

つまりその時計は、本来なら今週末あたりに納品になる予定だったのだが、、。

 

他の時計の精度チェックを済ませた後、早々に手直しに入ることになった。

 

 

 

時計が止まるのには、実に多様な原因がある。

 

メジャーなところをざっとあげてみると、、、「ゼンマイ切れ」 「針当たり(時針や分針、秒針が接触する症状)」 「車軸の焼き付き」 「ゴミや埃の混入」 「錆の発生」 「振り石の脱落」等々、、、バカバカしいところでは 「ゼンマイの巻き忘れ」 なんてのも。

 

いずれにせよ、原因がこういったものであった場合、止まっている状態がよく見えるから、原因の究明は比較的容易だ。

 

 

 

困るのは、そうでない場合。

 

時刻を見ると見当外れ、、チクタク音もしていない。

 

あ、止まってる、なんて思ってそーっと時計を持ち上げると、、、チクタク、チクタク、、動いてしまう。

 

そのまま置いておいてまた直に止まってくれればまだいいが、、、一向に止まらない。

 

 

 

そのまま放っておくと次の日まで動き、そして次の日も、、、時間もちゃんと合っている。

 

あれ、おかしいな。 何かの間違いだったかなー? などと思い始めた頃、、、やっぱり止まる。

 

今度こそ止まった状態を見てやろうと思うが、、そーっと裏蓋を開けると、チクタク、チクタク、、。

 

こういうのを私達は、「ちょい止まり」 と呼んでいる。

 

 

 

似たようなことは、時計以外にもあるような。

 

何年か前に、時たま頭に 「ガーン」 と衝撃が走ることがあった。

 

普段は何でもないのだが、、本当にたまに、ドキッとするほど瞬間的に感電したような。

 

医者嫌いの私もさすがに心配になって診てもらいに行き、症状を説明。

 

エコーその他色々やってもらったけど、、結局問題はなし。

 

その時、お医者さんが言っていた。

 

「症状が出てる時ならまだ診ようがあるんだけど、何でもない時じゃねー、、。」

 

それとちょっと似ているか、、?

 

 

 

話しが逸れたが、、、とにかく何日も止まらない上に持ち上げただけで動いてしまうから、いつまで経っても止まっているところが見えない。

 

せめて止まっている時に何番目の歯車まで力が来ているか確認出来れば済むのだが、、。

 

動いているムーブメントをいくら見ても悪いところはない、。

 

これが例えば 一時間に一回とか一分に一回とか、ある程度決まった周期で止まってくれると 「2番車かな?」 とか 「4番車だ!」 という推測になるのだが、、。

 

何日に一回、それも不定期に止まり、動いている時は動作も精度も良好となると、、、厄介な推理ゲームが始まる。

 

 

 

余談だが、こういった時計を学校を出たての新入り君に渡したら、まずはいきなり全分解する。

 

全分解して部品をマジマジと観察した後 「どの歯車にも傷があります」 とか 「厳密に見ると、どの歯車も傾いています」 となる。 

 

しかし300年も経てはどの歯車にも傷の一つや二つはあるし、コンパスを使ってホゾ穴の位置をケガいていた頃の時計は、元々歯車は厳密に垂直に立っていない。

 

しかし、仮に全ての歯車を傷なしの新品にして上下のホゾ穴を垂直な位置に開け直したりしたら、万一それが原因と無関係だった場合には何10時間もの時間と何10万円ものお金を掛けたのち時計はまた止まって、振出しに戻ることになる。

 

そして運良く時計が直った場合も、、、結局どこが本当の原因だったのかは特定できないままになるから、経験値としてちっとも先に繋がらない。

だから私はうちの連中にも 「よく見て考えて納得がいくまで、絶対に分解するな」 と口を酸っぱくして言っているのだ。

 

 

 

またまた話しが脱線したが、、、今回の場合、与えられたヒントは3つ。

 

①全くの不定期に止まる

 

②軽く持ち上げただけで動き出す

 

③動いている時の動作・精度は良好

 

 

そして該当の時計は、もうすぐ300年になろうかという旧式の懐中時計。

 

 

 

まず、止まりが全くの不定期に起こるということは、、、どの歯車かのうちの、決まった一枚の歯に原因がある可能性は低い。

 

次に 「軽く持ち上げただけで動き出す」 ということは、原因は動力の源であるゼンマイに近い部品ではない。

 

ゼンマイの入った 「香箱」 や「フュジー」、その次の 「2番車」、そして 「3番車」 あたりまでに問題があった場合、掛かっている力がかなり強いから、軽い振動くらいでは時計は動き出さないものだ。

 

そして、動いている間の動作が良好で時間も概ね正確ということから考えて、ペースメーカーである 「テンプ」 や 「ヒゲゼンマイ」 に原因がある可能性も低い。

 

こうなると、原因は軽い力で動いている4番車(コントレートホイール)か5番車(クラウンホイール)、それも歯車そのものというよりも、その噛み合いの具合に原因がありそう。

 

 

 

あいにく2つの歯車の厳密な噛み合いを正確に計測することは出来ないが、、プレイトの隙間から覗き見た感じでは、やや遠いことはあっても近すぎることはない。

 

やはり、やや遠いのか?

 

「だったらたまに止まるのではなくて、常に止まるのでは?」 という声が聞こえてきそうだが、、それは2つの歯車の歯が全く同じ長さ、形状で、正確無比に作られていた場合の話。

 

しかし現実の時計は、誤差の集合体だ。

 

これは現代の機械式時計にも言える事だが300年前に手作りされた懐中時計においては尚更で、、顕微鏡で見るまでもなく、歯の長さも歯先の形状もかなりバラバラ。

 

ちなみにこの2つの歯車は構造上一方方向にだけ回っているだけでなく、前進してはちょっと後退、3歩進んで2歩下がる、と一昔前の水前寺清子の唄のような動きをするから、、、片方の一番短い歯ともう一方の一番短い歯が巡り合った後、後退した時に歯先同士がゴッツンコする可能性がある。

 

ゴッツンコするたびに止まるのならもっと頻繁に止まりが出るだろうが、、、実際には止まりかけてはまた動き、止まりかけてはまた動きして、たまたまそのまま引っ掛かったままになった時に持ち上げるとまた動き、というところか、、。

 

ちなみに専門的にはこれを 「歯当たり」 というが、、多くの場合、これは僅かな振動で解除され、再び何もなかったように動き出すことが多いのだ。

 

 

 

自分の推理に納得がいった私は改めて時計を分解して、2つの歯車を僅かに近づけた。

 

約2時間後、完成。

 

動いている時の感じはさっきまでと何も変わらない、、でも距離は確実に近づいている。

 

 

 

翌日の朝、時計は動いていた。

 

時間も合っている、、、でもまだ安心はできない。

 

でも翌日も、その翌日も動いていた。

 

お、いいぞ、頑張れ。

 

そしてまた翌日も。

 

そろそろ少しは信用してやってもいいかな?

 

 

 

手直しした古時計はそれ以降ずっと動き続けていて、来週あたりには納品になる予定だ。

懐中時計

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