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資料

懐中時計講座・第7回 ELGIN WATCH CO.

2009/11/27

吉祥寺のアンティーク懐中時計の修理とエングレービング エルジン

コンバーチブルモデル

 

第7回 ELGIN WATCH CO.エルジンウォッチカンパニー

1864年ウォルサムの技術者数名(P.S.Bartrett, D.G.Currier, Otis Hoyt, Charles H.Mason他)が中心となってイリノイ州エルジンに設立したNATIONAL WATCH Co. がエルジンの前身メーカーである。

(このエルジンの資本を支援したのは当時のシカゴ市長Benjamin W.Raymond であった。)

エルジンは1866年に同社を代表するハイグレードウォッチ“B.W.レイモンド ” を送り出す。

このハイグレードウォッチ(15〜17石)は先行したウォルサム、ハワードというメーカーの製作していたハイグレードウォッチより廉価であるにもかかわらず(およそ50ドル)、すべてがクィックトレイン(5振動)で高品質な時計であった。

“B.W.レイモンド ”によって、エルジンは鉄道時計のシェアを獲得する(ここでいう鉄道時計は自主的に精度の高い時計を使用していたPre-Commission Watchといわれるもの)。

またこのモデル名は16サイズの時代になってもハイグレードな時計の代名詞として継承された。

この後、エルジンは1870年代初頭にクィックトレイン竜頭巻き、レバーセットというスタンダードなモデル (H.L.Culver) を開発している。

初期のエルジンのムーブメントの特徴をあげると3/4プレートの機種が多いということである。

ヴェリタス、G.M.ウェーラー、B.Wレイモンド、ファーザータイム等にある。またニッケルプレートのムーブメントを1877年に早くも製作している。

1874年にELGIN NATIONAL WATCH CO. と改称した。1880年代半ばには 23.000人の技術者を擁し、1日に1.000個という量産を可能にした。

生産台数の伸びはこの時期から著しく、その成長は他社を圧倒している。1880年までには700.000台(ウォルサムは1.500.000台)だったが、1900年までには9.000.000台を生産しウォルサムに並んだ。

この数字はアメリカのウォッチメーカーの総生産量の40%にあたる。生産量3位のハンプデンが1.300.000台であることを考えるとその生産量の大きさはわかっていただけると思う。今世紀にはウォルサムを抜いてトップになっている。

またエルジンは時計学校をつくり、後進の育成をおこなった。

このことは人材の確保ということもあったと思うが、企業としての先進性を感じさせる。

すでにいくつかの機種について紹介済みだが、ムーブメントの仕様などを含めて代表的なものについてあらためて紹介する。

紙面の都合上、あまり希少なものは省かせて頂くことを了承されたい。

【18サイズ】

●ファーザータイム 17〜21石

ムーブメントのタイプにはいくつかのバリエーションがある。

21石には金枠ネジ止め、温度アイソクロニズム5姿勢調整、ワインディングインジケーターなどがあり、多彩である。

●B.W.レイモンド 15〜21石

このモデルは長い期間にわたっている為、ファーザータイム同様さまざまな仕様のものがある。

初期のものは真鍮のプレート(デテンプ、3/4プレート両 方ある)。ニッケルプレートの時代になると豪華な綾織模様(Damaskeened) の仕上げを施したモデルがある。

19,20石にワインディングインジケーターがある。

●ヴェリタス 21〜23石

エルジン18サイズのハイグレードモデル。

3/4プレート、金枠ネジ止め、ゴー ルドトレイン(金製歯車)、綾織模様仕上げ、ワインディングインジケーターがある。

【16サイズ】

●ファーザータイム 17、21石

ともにダブルローラー。

21石は公認鉄道時計ムーブメント。

●B.W.レイモンド 17〜21石

17石にダブルローラ、5姿勢調整モデルがある。

21石は公認鉄道時計ムーブ メント。21,23石に第1次大戦軍用(第2次大戦軍用は22石)がある。

インジケーターモデル、3フィンガーブリッジモデルがある。

●ヴェリタス 19〜21石

21,23は公認鉄道時計ムーブメント。

インジケーターモデル、3フィンガーブリッジモデルがある。

コンバーチブルモデル11〜21石オープンフェイスとハンターケースの両方に入れることが出来るムーブメント。

このムーブメントをいれる両用ケースもある。

●グレード270(1902年)

21石 3フィンガーブリッジムーブメント。公認鉄道時計ムーブメント。

エルジンの16サイズの初期には3/4プレートの3フィンガーブリッジムーブメント(これは3,4番車、ガンギ車の受けがバーブリッジになっている)がある。同社の独特のデザインである。

他、16サイズモデル、2 (詳細不明)、6 (1896年グレ ード156)、7 (1895年グレード157、1896年グレード162)、8 (1907年グレード341)が3/4プレード3フィンガーブリッジモデルである。  ※ カッコ内の年はいずれも製作開始年。 

エルジンはアメリカの時計産業の中心を担ったメーカーである。

早い時期から生産システムを整備し、大量生産を可能にした。

そのため機種の限定はあったにせよムーブメントの完成度は高く、価格も比較的廉価におさえられた。

1900年頃の生産量はウォルサムと変わらないにもかかわらず機種は少ない。

このことはエルジンは機種の数を抑え、システムとして完成されたものを製作していたと考えることが出来る。

企業として効率よく高品質なものを、というのがエルジンの企業としての信条としてあったのではないか、そんなことを思わせる。

今日でもエルジンのポケットウォッチは15石、17石を使ったモデルでも決して高くない。

ハイグレードで稀少なモデルを追いかける人々には無縁な時計かもしれないが、日常生活の中でアンティークのポケットウォッチを楽しもうという人々にとっては親しみやすいメーカーである。

それほど高価ではなく、しかも品質の良い時計を作ろうとした精神は今日でも古い懐中時計を手にしたいという人々に伝えられているといえる。

またエルジンはウォルサムやハワードのような華やかさはないが、ムーブメントのデザインは独特のものを作りだしているし(3/4プレート3フィンガーブリッジムーブメント)、レイルロードグレードのムーブメントにいたっては、先行の2社に比肩する美しい仕上げのものも製作している。

そして何より新しいことは時計学校を設立し、人材の育成に図るところがあったということである。

エルジンはアメリカ第3のメーカーとして、将来の工業大国としてのアメリカを予見していたのではないか。

エルジンの時計を見るとその仕上げや優れたシステムはもとより、単に技術というだけではない何かが、そこに託されているような気がする。