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懐中時計 修理「必要な改造・天真の穴石」

懐中時計 修理の話

(公開日: 2011/02/24)

こんにちは、パスタイムの中島です。

一年ほど前からブログの方を始めたこともあって、このコーナーの方がすっかりお留守になり、、、、気が付いたら最後に記事登録をしたのが去年の5月(!!)ということになってしまいました。

今後はもう少し気合を入れて(?)、コンスタントに記事を入れていこうと思っています。

さて、今回は元々「フュジーについて」を予定していたのですが、最近特に修理の受付の際にお客様にご説明する機会の増えた「必要な改造・天真の穴石」に変更させていただきました。

日頃パスタイムでは、相当に古い機械式時計のレストアを行っていますが、ご存知の通り、一般的に「レストア」というと「元の姿に修復・復元すること」という意味になります。

これは、アンティークウォッチのレストアにおいても原則的には全く同様で、通常の作業においては「オリジナルの仕様」「オリジナルの寸法」「オリジナルの材料」「オリジナルの外観」「オリジナルのの品質」ということに忠実に復元することになるのですが、、、、現実的には、一部その「原則」を崩さなければならないケースが存在します。

このコラムの第一話でご紹介した「ゼンマイ」などもその例で、、、長年ストックされたまま、未使用でありながら既に「ヘタってしまっている鋼のゼンマイ」を使用するよりも、後年になって開発された「形状記憶合金」のゼンマイを使用した方が、長年に渡って「オリジナルの設定トルク」「オリジナルの精度」が維持できるだけでなく、「ゼンマイの破断」によって歯車や軸にダメージを与えるリスクが大幅に軽減出来ます。

この場合、鋼のゼンマイという「オリジナルの材料」を優先するか、または形状記憶合金のゼンマイによる「オリジナルのトルク」「オリジナルの精度」に「安全性」を加えたものをより優先するか、という選択の結果、うちでは「実用を前提とする」オーナーに関しては後者を選んでいる、と言えるでしょう。

※(実動させる意思が全くなく、純粋なアンティークのコレクションとして考えている方の場合は、迷いなく「鋼のゼンマイ」を選択します)。

これは「必要な改造」の一例ですが、、、今回は、現場においてこのゼンマイの交換の次に頻度の多い「天芯の穴石交換」に焦点を当ててお話しします。

通常、天芯(テンプの芯)の上下のホゾ(軸の先端)は、「穴石」と呼ばれる「中央に穴の開いたルビーもしくはサファイアのベアリング」と「伏せ石、もしくは「受け石」と呼ばれる、「穴の開いていない、作動面が真っ平らな石」とのセットの中で回転します。

もう少し平たく言うと、「穴石」の上に「伏せ石」で「蓋をしている」イメージでしょうか。

ちなみに、この「伏せ石」は、英語で「CAP JEWEL」と呼ばれていますが、まさに「穴石」に「キャップをしている」感じなのですね。


懐中時計修理 伏せ石(受け石・キャップジュエル)

さて、時計が完全に「垂直の姿勢」にある場合、天芯のホゾはその「側面のみ」が穴石の穴の断面に接して回転している訳ですが、、、、少しでも水平方向に傾くか、もしくは完全に「水平の姿勢」にある場合、「ホゾの先端」は伏せ石の平らな面の上で回転することになります。

ホゾの先端は通常真っ平ではなくある程度の丸みを帯びた形状をしていますから、ホゾが先端で回る時の伏せ石との摩擦抵抗は非常に小さくなりますが、これに対して穴石の穴の断面とホゾの側面が接して回転する姿勢の場合、接する面積がこれより大きくなるために摩擦抵抗は増大します。

余談ですが、時計を平たく置いた時の方が、壁に吊るしたような状態の時よりもテンプの振りが大きくなり、「より元気に動く」のはそんな訳ですが、それぞれの姿勢においてのテンプの「振り角」の差は、天芯のホゾの直径(太さ)や先端・側面の研磨の具合、天輪の直径や重さ、その他穴石の穴の形状等、様々な要素によって決まることになります。

さて、話しを穴石と伏せ石に戻しますが、、、天芯の運動は機械式時計の作動部分の中でも最も高速で動きますから、スムーズな運動と磨耗の防止のためには必ず「注油」する必要があります。

そして、注油した油がどこかに流れ出していったりせず、長期間に渡って穴石と伏せ石の間に留まってくれるようにするためには、穴石の上面(伏せ石の下面と向き合う側)がコンベックス型(中央に行くにしたがって丸く盛り上がる形状)でなければなりません。


Practical Benchwovk for Horologists by Louis Levin and Samuel Levin

これは、注油した油が表面張力によって伏せ石と穴石の中心部分(穴石の穴のあるところ)に留まる為には、伏せ石と穴石の隙間が、端の方よりも中央に行くにしたがって狭くなる必要があるからで、、、、こうすることによって、注油した油は自動的に石の中心に向かって集まり、、、、、真上から見ると目玉焼きの目玉の部分のようにど真ん中に丸く溜まるのが分かります。

これは、、、実際の時計において、「伏せ石と穴石が絶対的な精度で正対していることがない」ことを考ると非常に優れたアイデアで、、、、中央に向かってより厚みが増す「コンベックス型」の穴石の恩恵で、穴石と伏せ石の向き合いに僅かな「傾き」があっても(厳密には必ずあります)、油の中心はその分僅かにズレるだけで、やはり天芯の作動部分は充分にカバーされることになるのです。

それでは、反対に「天芯の穴石」が平らなもの(フラット型)だった場合はどうでしょう?この場合、その傾きがどんなに僅かなものだとしても、注油した油は間違いなく伏せ石と穴石の隙間の狭い方に「猛ダッシュ」して行きます。

勿論、伏せ石と穴石が完全に「正対して」いれば、油は全体に均等に溜まるでしょうが、再三言うように、これは現実には「有り得ないこと」と言っていいでしょう。

現実的には、天芯の穴石がフラットの場合、いくら注油しても油は石の端の方に逃げてしまい、、、石と隣接している他の部品を伝って流れてしまいます。

こうなると、天芯の側面の接する穴石の穴の中や、先端の接する伏せ石の中央部分には全く「油のない」状態ですから、、、「注油していないのと同じ」ことになりますね。


懐中時計 修理 フラット型天芯穴石
懐中時計 修理 フラット型天芯穴石
懐中時計 修理 コンベックス型(オリーブ型)天芯穴石 
懐中時計 修理 コンベックス型(オリーブ型)天芯穴石
懐中時計 修理 コンベックス型(オリーブ型)穴石
懐中時計 修理 フラット型穴石 

勿論、こんなことは「とうの昔」に解っていたことですから、全ての機械式時計の天芯の穴石には「コンベックス」型のものが使用されているはず、、、、と思ったら大間違いで、、、、、人造のルビーやサファイアが一般的になる20世紀に入るまでに製造されていた時計に関しては、、、、有名メーカーのものでも「フラット」な穴石が「標準装備」されているものがかなり存在するから、、、困ってしまいます。

ちなみにこれは、特にスイスとフランス、日本において製造された時計に関して顕著なお話しで、イギリスやアメリカ、ドイツで製造されたものでは滅多に見かけません。

さて、いずれにしてもこのような時計の修理が入ってきたらどうするか?

答えは2通りあります。

まず、時計のオーナーに「時計を動かす意思が全く無い場合」例えば、大切にしている時計が汚れている、もしくは明らかに故障していて全く動かない。

使用するつもりは「全く」ないけれども、一旦は完全に「元通り」の状態に修復し、その後はそのまま大切に保管したい、などというケース。

この場合は、穴石を交換するべきではないでしょう。

何故なら、オーナーが求めているのは、「元通り」の状態への復元であって、「安心して実用できる時計」ではないからです。

ゼンマイを巻き上げる意思がない以上、「実動上の不具合」は全く問題にならない訳ですね。

反対に、修理をするからには、その後「たまには動かす」もしくは「普通に使う」というオーナーの場合。

実際には、こちらのケースの方が圧倒的に多いでしょう。

この場合、当然ながら、今お話ししている内容をオーナーに説明し、「修理の見積り」に、「天芯上・下穴石交換」更に「天芯の新規製作・交換」を含ませていただくことになります。

何故なら、元々このような穴石が装備されている時計に関しては、当然のことながら現状の天芯のホゾはこれまでも油の無い状態で動いてきた訳で、、、、ほぼ100パーセントの確率で「磨耗・変形」しているからです。

そして、せっかくお金を掛けて製作した「新しい天芯」を、再度「油の溜まらない穴石」の中で動かしてキズだらけにするほどバカバカしいことはありませんから、、、当然穴石も交換する訳ですね。

「割れてもいない天芯の穴石を交換する」真の理由、、、。ご理解いただけたでしょうか?



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