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どうしても避けたい不良時計

時計の話

(公開日: 2010/03/05)

こんにちは、パスタイムの中島です。

第三回目の今回は「どうしても避けたい不良時計」です。

のっけから物騒なタイトルですが、アンティークウォッチの入手や修理を業務としていると、望む望まないに関わらず、時にほぼ修復不可能なコンディションの時計に遭遇します。

アンティークウォッチはどれも100年以上昔に現代の工作機械と比較すればかなり原始的なもので作られたものです。

そういう意味では物理的に修復が不可能というものはないのでしょうが、ここで言う「ほぼ不可能」は費用的に現実的な処置では無理という類のものです。

それは5年ほど前、ある著名なオークションハウスを通じて落札されたドイツ製のクロノグラフの腕時計でした。

レストア依頼されたその時計は一見なかなか綺麗な状態です。

但し、所定の各動作試験をしてみたところ、時刻合わせの際に何かパリパリと滑るような感触があります。

嫌な予感がして試しに一旦リュウズをゼンマイ巻上げ位置に戻し、意識的に更に押し込んでみながらダイアル右側に位置する積算計の針を観察すると、、ガーン、、やっぱりリュウズを押し込むたびに針が微妙に揺れます、、。

これは何を意味するでしょうか?

げに恐ろしき、巻芯先端と積算車軸の衝突です。

こうなると、多くの場合においてまともな修理はあきらめなければなりません。

何故なら完全な修理をするには時計の地板をそっくり交換する必要があるからです。

ここからは画像を見ていただきながら説明しましょう。


文字板側ゼンマイ巻き位置
文字板側時刻合わせ位置
ゼンマイ巻き位置
時刻合わせ位置
欠損してしまったパイプ
横に穴が開いてしまったパイプ

通常、巻芯の先端はツヅミ車の角穴に通る角柱部分の先が細い円柱状になっています。

この円柱状の先端部は、ゼンマイを巻き上げたり時刻合わせをする際に巻芯がグラグラしないように地板から一体で出ている小さな受け(パイプ)の中に入っています。

当然この先端はゼンマイ巻き上げの際にはパイプの奥の方まで入っていますが(画像中A)、時刻合わせの際にはある程度引き出されています(画像中B)。

問題は、何らかの原因によりこのパイプの穴の入り口が磨耗してすり鉢状になったり、パイプの側面が欠損してしまった場合です。

画像CとDはまさにそれぞれパイプの皮が一部欠けてしまっていますがお分かりになるでしょうか?

こうなるともう大変です。

この場合、時刻合わせの状態にすると巻芯の先端はパイプからはずれて支えを失います。こうなると、時刻合わせのたびにツヅミ車は小鉄車との噛み合いに失敗してパリパリと滑ることになります。

単純に考えると、巻芯の先端を長いものに交換すればパイプから外れなくなるのですが、その場合大きな問題が起こります。何故でしょうか?

パイプの穴が磨耗したり欠損したりしていても(磨耗がひどくパイプ自体がなくなってしまっているものすら見かけます)外れないほど延長された巻芯の先端は、ゼンマイ巻き上げのポジションに押し込まれた途端、積算計の軸に横方向から衝突します。

程度によっては積算計の軸を曲げるか折るかするでしょう。

何故ならば、積算計がダイアル右側に位置するこの手のクロノグラフの場合、巻芯の先端部は積算計の軸が通るホゾ穴(一つ目の画像でご確認下さい)のすぐ手前に来ているからです。

さて、先述したドイツの腕時計に起こっていた症状を改めて分析すると、、、、、、、時刻合わせで歯車が滑り(この時点では歯車自体の欠損・または巻芯先端の欠損等他の原因もあり得ますが)、なおかつリュウズを押し込むと巻芯先端が積算計軸をどつく、、ということは、、、、積算計軸に接触するほど巻芯の先端は長いにもかかわらず、時刻合わせの位置ではパイプから外れるということで、、、、パイプの欠損が確定ということに、、、、ジ・エンドです(涙)

いずれにしてもさっそく機械を分解してみると、、画像を保管してないのが残念ですが、、頭がクラクラするような無残な状態。

完全になくなってしまったパイプの跡地にハンダがてんこ盛りになっていて、、そのハンダ自体に穴が開いてるのですが、当然の事ながらそれは巻芯の先端の寸法とは無関係なほどに広がりまくっていて、、、書くのもおぞましい状態でした。

先程の画像をご覧いただければお分かりのように、この手の時計においてパイプは元々地板と一体で工作されている上、多くの機種において周辺にスペース的な余裕は皆無です。

あらかじめ大きく開けなおした穴にブッシュを圧入する、開けた穴にネジを切ってブッシュをネジ止めする、L字型の別パーツを作ってネジ止めする等のまともな時計の修理らしい方法はありません。

当然接着剤やハンダなどを用いたやっつけ的な方法ではあまりに暫定的です。

実は、クロノグラフに限らず、長年の使用を前提とした時代の時計の中にはこのパイプ自体が元からネジ止めの別パーツになっていて(材質的にも鋼が多い)、万一磨耗しても交換できるものが多いのですが、これは殆どポケットウォッチの話で腕時計においては例外的です。

このパイプの磨耗・欠損は、巻芯先端の油の劣化、寸法の不適切な巻芯への交換などが直接的な原因となっています。

しかし、そうでなくとも鋼の芯がグリグリ擦れる部分がこんなに薄くて柔らかい真鍮のパイプ(メッキは掛かっていますが、、)では使い続けていればいつかは駄目になりますよね。

あらかじめ駄目になることが予想されている部分であるのにも関わらず、真っ当な方法で直せるように造られていない、、、ということは、、、結局のところ、ここまで来たら寿命と考えて下さい、というメーカーのメッセージなのかもしれませんね。

それはそうと、さっきのドイツ製のクロノグラフに関してはどうなった、って?

不本意ながら、充分に事情を説明した上でオーナーにお返しいたしました。

その後、オークションハウスへの返品も交渉してはみたものの、残念ながら認められなかったとのことです。

ちなみにその時計の落札価格は、、、言わぬが花といたしましょう。

くわばらくわばら。

次回は、「機械式時計の存在価値」についてお話しいたします。



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