過去の修理・カスタマイズ
資料

蓋巻き(?)の懐中時計

2017/04/22

去年の11月にお預かりした 「フタ巻きの懐中時計」 の修理が、ようやっと完了した。
 

 

もっとも 「フタ巻き」 などと言ってもピンとくる方はいないだろうけど、、。
 

実のところ、私自身何と呼ぶべきか知らないくらいだから、少々説明が必要かと、。

 

 

 

先月のブログでお話ししたことと重なるが、アンティークの懐中時計は、どれもゼンマイの力が動力になって動いている。
 

 

つまり時計を動かすためには何らかの方法でゼンマイを巻きあげなければならない。
 

さて、世の中に懐中時計が現れ始めた16世紀、ゼンマイは鍵で巻き上げられる仕様だった。
 

つまり 「鍵巻き」
 

 

 

この 「鍵巻き」 方式は、19世紀後期にかけて実に300年余り続くのだが、19世紀半ばあたりからは、ボチボチ 「リューズ巻き」 のものが現れ始め、20世紀初頭には、ほぼ全ての時計がリューズ巻きになる。

 

こうお話ししていると、時計の歴史に詳しい方からは 「あれ?自動巻きの懐中時計は?」 という声が聞こえてきそうだが、、、それを話し出すとちょっと長くなっちゃうなー、、、けど仕方ないから、まあちょっとだけ。
 

 

19世紀の始めに、彼の著名な天才時計師 「ブレゲ」 がパリで製作した自動巻き懐中時計は、携帯して歩いている際のポケットの中の揺れで、ゼンマイが巻き上がる。
 

これは、近年の腕時計のようにローターの回転によって巻き上げる構造ではなくて、あらかじめ弱いテンションを掛けて宙吊りにしてあるハート型のウエイトが、歩行中の振動でピョコンピョコンと弾むことによって巻き上がる仕組みだ。
 

ちなみにこの方式は、それ以降のスイス製の懐中時計でも採用されたものがあり、私も過去に二度ほど修復に関わったことがあるが、、、想像以上に巻き上げ効率が良くて驚いたものだ。

 

いずれにせよこの自動巻き懐中時計は、ごく少数の例外的なものと考えていいだろう。

 

 

で、冒頭の時計に話しを戻すと、、、今回修復したこの時計は、 「蓋の開閉によってゼンマイを巻く」 機構のもの。

 

普通の時計の様にリューズは付いているが、これは時刻合わせのため、それから表蓋の開閉のためだけに存在する。

 

つまり、時刻を読むためにリューズを押して蓋を開け、その蓋を閉める際に、勝手にゼンマイが巻き上がる。

 

ムーブメント上の刻印を見ると、1868年の特許。

 

これはこれで大珍品と言えるのだが、、。

 

 

ハッキリ言って、設計に無理がある。

 

通常の懐中時計では最大級のトルクを持ったゼンマイを巻き上げるので、結構な力が要るのに、、その力はケースの表蓋の蝶盤に接続されたレバーと小径のラチェットホイールの接点である直径0.5ミリほどの細長いネジに集中するのだ!

 

当然、このネジは遅かれ早かれ、折れる運命。

 

おそらくかつて何度も折れたのであろう、、元々入っていたのは明らかに誰かが間に合わせで差し込んであった、ただの鉄の棒。

 

ネジですらなかった、、。

 

 

その他にも、特に力の掛かるラチェットホイールやクリック、香箱芯周りの関連部品、時刻合わせの切り替えレバーその他、、、あちこちゼロから作り直さなければならない部品だらけ。

 

その数、ざっと10数点。

 

しかし、何より苦労したのは、香箱内に格納される特殊なゼンマイ、そしてその末尾に取り付けられるブロックの製作か。

 

 

何しろこの時計の場合、時刻を見るたびに嫌でも勝手にゼンマイを巻き上げることになるので、、、普通の手巻きの時計のようにゼンマイに巻き終わりがあると、そこから先は蓋が閉められなくなってしまうし、無理に締めれば先述したネジ、クリック、或いは蓋の蝶盤あたりがぶっ飛ぶこと確定!

 

だから、ゼンマイは一定のトルクまで巻き上げられたら、自動巻きの時計のように、香箱内でズルズルと滑る必要があるのだが、、。

 

 

ちなみに、香箱の内壁には4カ所半円型の凹みが切ってあり、ゼンマイの張力が一定トルクに達したら、ゼンマイのお尻に取り付けた何だかしらのブロックが、次の凹みまで滑って止まる設計。

 

これは古いロレックスのバブルバック(腕時計)の機構と似ているが、、、元々入っていたゼンマイは尻切れトンボのようになっていて、ブロックは無くなっている。

 

だから、ちょっと巻くとゼンマイは直ぐに滑り出し、とてもじゃないが一日動いてくれるだけのトルクは貯まらない状態だった。

 

 

当然、当時の設計書も何も手元にないから、ちょうどよい滑り出しを得るためのブロックの形状は、作っては試し、作っては試し、のトライ&エラーによるものにならざるを得ないのだ、、。

 

 

交換の必要な全ての部品を作り終えるのに、数週間。

 

で、ようやっとゼンマイに取り掛かる。

 

「かなりいい感じかなぁー」 と時計を組み立て、蓋を開閉してジコジコと巻き、、充分に一日以上動く程度の巻き上げに達したなーというところで、、、あ、まだ滑らない!

 

滑らないから、段々とトルクが上がっていき、 「ちょっと上がり過ぎかなぁー」 と思ったところで、ボキッ!

 

作り直した接続ネジが、ブチ折れた、、。

 

 

気を取り直してネジを作り直し、香箱も分解して少し滑りやすくなるようにブロックの形状を加工して、再調整!

 

と、今度は滑り出しが僅かに早すぎて、、パシャ!

 

時計の稼働が、丸一日もたない、、。

 

 

更に形状の違うブロックを製作・交換、、、ゼンマイのトルクも変更、またブロックを変更、、、ゼンマイを元のものに戻しては試し、、、そんなことを来る日も来る日も、繰り返しているうち、、段々、嫌な疑念が沸いてきた。

 

「この時計、、特許を取ったはいいけど、、、果たして新品当時、本当に完全な作動をしていたのだろうか???」 と、、。

 

30年近くアンティーク時計の修復をしてきて、一度も同型の時計を見ていないのは、たまたまなのか?

 

その機構自体に無理があるために、時計としてきちんと作動するものが世の中に残っていないのではないのか?

 

 

いけない、いけない。

 

実際、新品当初から明らかに欠陥のある設計の時計は、いくつもあるが、、、しかし、アンティーク時計の修復場面においては、そう考え始めると、モチベーションが維持できなくなってしまうのだ。

 

しかし幸い私の懸念は、少なくともこの香箱の設計に関しては当たっていなかった。

 

ブロックの形状、表面の研磨の程度、ゼンマイ末尾の形状等、全てがマッチした時に、ちゃんと結果は出たから、、。

 

 

時計は完調になった。

 

時間も良く合うし、時刻合わせ、巻き上げも正常。

 

しかし、使い続ける限り、接続のネジはいつかまた折れるだろう。

 

設計上与えられた寸法を考えたら、、これは疑う余地が無い。

 

でもその時は、またネジだけ作り直せばいいことなのだ。

 

 

何枚もの写真をお見せしつつその点を説明差し上げると、御年87歳の依頼主 「Nさん」 は、ニッコリ笑って頷いた。

 

いつも通り、予算に関しては制限なし。 

 

とにかく完全に直ればよし。

 

そんな恵まれた条件だったからこそ、可能な仕事だったのだ。