時計の話
こんにちは。マサズ パスタイムの中島です。
今回の話題は「オリジナル神話」です。
まず、「オリジナル(Original)」とは?
辞書によると、「本来の」「最初の」「原型の」「現物の」更に「独創的な」などとなっています。
時計の世界に限らず、蒐集対象の古物全てに当てはまりますが、ビンテージの腕時計やアンティークのポケットウォッチを評価するにあたって特に重視される要素として、その品が「オリジナル」かどうかという点があります。
一般的に、古物を蒐集するにあたり、その品が全て元のままの状態であることは間違いなく素晴らしいことです。
100年も200年も前に描かれた絵画、焼いて絵付けされた壺やお皿などの陶磁器や漆器など、そのままであればあるほど素直に製作当時の様子が偲ばれます。
主に観賞すること自体が目的である書画骨董や一般のアンティークの場合、現代においての使い勝手や実用性といったものは必要のない要素ですから、当時から出来る限りそのままであることが望ましいと言えますね。
では、「時計」においてはどうでしょう?
もし「時計」においても純粋に観賞の対象とお考えの方にとっては、全く同様の観念がそのまま通じるでしょう。
現に欧米においてはかなりの割合のコレクターがこのスタイルですし、実際問題、100年も200年も経った時計を強いて使わなければならない必要はありませんから、「お疲れ様」ということで眺めて楽しむ、でもいいと思います。
一方、わが国においては、おそらく大半のアンティーク時計の愛好家が「日常的に使う」かどうかは別として、なんらかの意味で「動かしながら楽しむ」ことを目的としていますし、それはまた違った意味で時計を大切にすることに繋がると考えられます(でなければ私はたちまち仕事を失ってしまうでしょう、、これはいけません、ハイ)
実は、ここにアンティークウォッチの蒐集と他の一般的な古物の蒐集との区別すべき点があります。
れっきとした古物でありながら、同時に繊細な「精密機械」でもある時計に「正常な動作」を求めた場合、一定レベルまで消耗した部品の交換や、かつて受けた改造箇所の修復は不可欠になります。
ここで「オリジナルのパーツを交換したら価値がなくなるのでは?」というご質問をいただくことになります。
ある意味当然の心配ですね。
私が逆の立場ならやはりそう考えると思います。
しかし、結論として、ご心配は全く無用です。
機械ごと交換、などという極端な例を除くと、多くの場合、時計修理の際に交換するのは天芯やゼンマイといったような消耗部品です。
消耗部品である以上、元々消耗したら交換されることが想定・設計されているものですし、そもそも、数10年〜100年以上経過した時計に関して経験値から言えば、現在付いている天芯やゼンマイなどといった消耗部品は既にかつて交換された物(一度や二度ではないものも多いでしょう)であることが殆どです。
つまりそれは、その時計の現オーナーにとっての「元々の天芯」や「元々のゼンマイ」であるだけであって、その時計が製造・販売された時の「オリジナル」という訳ではありません。
また、既に交換されている部品であっても、それがメーカー純正のものであればオリジナルだと考える方もいらっしゃいますが(少々ややこしいですが、、)、天芯に関して言えばマークが入っているものがありませんから、全くの同一寸法・形状で作られた場合、事実上判別のしようがありません。
また、ゼンマイには一部銘入りのものがありますが、メーカー純正であろうとなかろうとヘタリきってしまっていれば必要なトルク(オリジナルの設定トルク)が出ませんから、正常なテンプの振り角(しつこいようですが、オリジナルの設定振り角)は得られません。
逆にこの場合、一番危険なのは、部品に明らかな消耗・欠陥があるにも拘わらず、その部品を温存して尚且つそこそこ元気に動くようにしようなどとすることです。
例えばよくある、文字盤を上にするとそれなりの精度で動いているけれども、反対向きにしたりポケットに入れて持ち歩くと時間が合わなくなる時計。
典型的な天芯の磨耗による不調ですが、これを天芯交換せずに何とかしようと、文字盤下向きの時にテンプと接触するアンクルの受けの上部を削り(涙)、天芯の縦方向の遊びを小さくしようとテンプ受け自体を曲げ下げる(涙・涙)。
怖い話ですが、この程度は大げさではなくお見積りする時計の数個に一個くらいの割合で見られます。
曲がったテンプ受けは程度によっては修復できますが、削ってしまったアンクル受けは二度と完全に修復できませんから(新規製作はしていますが)、こうなると消耗部品であるガタガタの天芯を温存する為に消耗部品ではないアンクル受けを台無しにしていることになりますね。
尤も、このような処置が行われるにあたっては、そもそも「オリジナル」の状態を温存したいと考えてのことではなく、別の理由によるものであることは明らかですが、、。
さて、消耗部品交換後の時計の評価はどうなるでしょう?
例えば世界的な時計のオークションにおいて、未だかつて、元々の設計に沿って消耗部品を交換された時計が、部品がオリジナルでないという表記をされて評価を下げた例を私は知りません。
ダイアルやケースが交換されたり、脱進機が改造を受けた物は必ずと言っていいほど明記され、それなりに落札予想価格は低くなるのが当然ですが、消耗部品が「オリジナル」かどうか、などということは全く評価の対象にはなりません。
尤も、逆にこの手のオークションカタログには、よく「全てオリジナル」などと書かれてはいますが、実際に落札されて修理に持ち込まれる時計を見ると、これはこれで何をどう見て判断しているのか首を捻りたくなるものがありますが、(笑)。
いずれにしても、少なくとも元の設計に沿ったレストアをした場合、その時計の評価が下がることはあり得ませんので、ご心配なく(機械の状態が良い、ということで上がることはありえますが)。
最後に、近年全く違った視点で「オリジナル」を捉えている方達がいます。
特にこの数年、マサズ パスタイムを訪れる方のうちかなりの割合の方が、純粋に長年に渡って代々使用できる機械式時計を求めています。
懐古趣味のアンティークファンという訳ではなく、どちらかというと元々は現行の機械式時計で条件を満たす物(残念ながらありませんが、、)を探していた方が多いようです。
ご存知の方も多いと思いますが、パスタイムではアンティーク時計のラインナップとは別個に、アンティークウォッチをベースにしたカスタムウォッチの製作を受けていますが、一点一点注文に応じてカスタム化したこれらの時計は、その方独自のスタイルという意味で「オリジナル」の仕様と言えますね。
元々のものをそのまま、という「オリジナル」派の方と、独自のスタイルに作り変えてという「オリジナル」派の方。
どちらの派の方も、末永くお付き合いの程、何卒よろしくお願い致します(笑)
次回は「設計不良」です。