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アンティークウォッチのコンディションについて

時計の話

(公開日: 2010/02/05)

こんにちは パスタイムの中島です。

さてこのコーナー第二回目の今回は、「アンティークウォッチのコンディションについて」です。

ガラスのコンディションが悪い、ダイアルのコンディションが良い等、直接目に見える外装に関してのコンディションの評価は容易で、新品の状態にどのくらい近いかということである程度容易に評価が出来るでしょう。

けれども、時計はあくまでも精密機械ですから、焼き物のお皿やジュエリーのように外観的な要素のみを楽しむものではなく、コンディションは機械部分を含めて評価されるべきものです。

言うまでもなく一番難しいのは、この機械的な部分のコンディションの評価です。

よく「ゼンマイを巻いても動かないから、コンディションが悪いようだ」というような言葉を耳にします。

多くの人が、少なくとも「動いている時計」は「動かない時計」よりもコンディションが上と考えるようですが、これは本当でしょうか?

答えは「No」です。

繊細な精密機械である時計は、ほんの些細なことで「動かなく」なり得ます。

ある日、一見したところかなり汚れた感じの時計が「動かない」ということで修理に持ち込まれました。

オーナーいわく、「最近形見分けで入手した亡き祖父の時計だが、最初からゼンマイは一杯まで巻ききった状態で止まっていた。揺すっても何をしても全く動かないところをみると相当コンディションが悪いようだ」とのこと。

この時計は見積もり不要とのことでそのままお預かりしたのですが、後日実際に時計を開けてみると、油が劣化して汚れているとは言え、機械的にはテンプの振り石がローラーテーブルから脱落しているだけで、振り石を取り付けなおして分解掃除をすると見違えたようになりました。

振り石はレバー式(一般的なアンクル式を含む)の時計に使用される部品で、通常テンプのローラーテーブル(振り座)の穴に一部挿入された上で接着固定されているルビー、もしくはサファイア製の部品で、テンプとアンクルの動作上の連携を司っている部品です。

これが外れればどんなにゼンマイを巻いてもアンクルの力はテンプに振動を与えませんから、絶好調の時計でもびくとも動かなくなるのは当然ですね。

余談ですが、この振り石の固定に用いられている接着剤(shellac)はある種の昆虫の分泌物からできたもので、振り石以外にもアンクルのツメ石の固定にも使われています。

熱するとすぐに軟化し、常温に戻る過程で徐々に硬化する性質をもっているため、これらの石の位置の調整などが容易で便利なのですが、絶対的な強度を持つ物ではありませんので、何かの衝撃や振動で外れることがあるのが欠点です。

という訳で、この時計が「全く動かない」直接の原因は、まさにほんのちょっとしたことだったのですね。

いずれにしても、この時計は簡単な修理でまさに新品同様に回復した訳ですから、元々コンディションは良好であったと言えます。

今度はこの全く反対の例です。

「調子はいいけれど、オークションで入手して2年ほど経つから分解掃除を」ということで時計をお持ちになったオーナー氏。

測定器に乗せてみると細かくは少々気になるところがあるものの、確かにそれなりの調子で動いているが、お見積りのためによくよく観察すると、、、。

テンプのチラネジにあちこち接着剤が盛ってある。テンプ受けの下にティッシュの切れ端が挟んである。折れたアンクルの本体がハンダで繋いである。2番車の歯の数枚が接着されている、、等など、相当なやっつけ仕事のオンパレード!!

仮にこの時計をこのまま分解掃除するとどうなるでしょう?

予想されるだけでも、、、テンプの接着剤がとれてネジの効かなくなったチラネジが脱落する(涙)、、、脱落しなくても接着剤が取れた分テンプが軽くなり、確実に一日数分〜数十分進むようになる(涙・涙)、、、テンプ受けに挟んであるティッシュを取り除いてテンプ受けが前傾しなくなれば天芯があそび放題になる(涙・涙・涙)、そもそも接着されている2番車の歯が外れて時計が動かなくなる(涙・涙・涙・涙)、、、更に、「どうして調子の良かった時計が分解掃除したら動かなくなるんだ」と激怒される(信用に関わりマス、ハイ)等、 無茶苦茶なことになります。

この時計をいわゆる新品の時の状態に近く復活させるには、相当に高度な作業・費用が必要になりますが、さりとてこのままではとてもお預かりできません。

さっそく顕微鏡写真をお見せして状況を詳しく説明し、具体的な修理のお見積り費用を提示すると、オーナー氏の顔色はみるみるうちに蒼白に、、、結局修理をあきらめて転売なさるご意向に、、、んー、無理もありませんが、、、次に入手した方のことを考えると、、、なんとも気の毒です(合掌)。

結局この時計は、「動かない」どころか現状はそれなりに調子良く動いているのですが、本当の意味でのアンティークウォッチとしてのコンディションは相当に悪いことになります。

難しいもんですねー。

しかしながら、涙涙の物語とは言えこれはまだ最悪のコンディションとは言えません。

相当な費用は掛かるとは言え(年間に数点レベルですが、実際になさる方がいらっしゃいます)、この時計は歯車やアンクル、天芯、チラネジ等が本来の仕様で製作・交換可能な部品で、最終的にはきちんとした物になり得るからです。

実際には現実的な処置ではそうはいかないコンディションの時計も沢山あります。

近年、インターネット等の普及により、多くのファンにとってアンティークウォッチの入手は飛躍的に容易になりました。

反面、巷には「世にも恐ろしい」不良時計達が何食わぬ顔をして数多く混在しています。

次回は、「どうしても避けたい不良時計」についてお話しいたします。



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