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「フィリップ デュフォー氏」

時計の話

NOTICE:This article written in Japanese.

(公開日: 2015/05/17)
フィリップ デュフォー氏 スクールウォッチ
フィリップ デュフォー氏のレストアしたスクールウォッチ
フィリップ デュフォー氏 シンプリシティー #000
フィリップ デュフォー氏

金曜の午後、パスタイムに 「フィリップ デュフォー氏」 がいらっしゃった。

時計好きの方には説明の必要もないであろうが、、、氏はスイスの著名な独立時計師で、「シンプリシティー」 という腕時計の製作者。

ちなみに独立時計師とは、メーカーに所属せず、自身の手によって時計を製作する時計師のことを指す。

しかし彼らの多くが、実際には、かなり主要部分の製造を外部に委託していて、、、本当に自身の手によって一から時計を製作している者は、稀なのが現状なようだ。

実際、時計雑誌や各種メディアにおいて、「手仕上げへのこだわり」 などと紹介される独立時計師の時計を目にすると、、、殆ど、若しくは全く、細部にその形跡が見られない。

そんな中、デュフォー氏の 「シンプリシティー」 は、例外的な時計。

受け板やネジ、その他のパーツ類の仕上げは、明らかに 「昔ながら」 の手間暇の掛かったもので、、、以前から私は、 「この人は異色だな」 と強く感じていた。

「今、デュフォーさんと浅草にいるんですが、これから伺っていいですか?」

昼過ぎ、20年来のお客様の一人でもある、時計ジャーナリストのNさんから電話が入り、、、小一時間ほどすると、タクシーで乗り付けた御一行が来店した。

下手くそなフランス語で挨拶を済ませ、店の奥に案内する。

テーブルに腰かけて向かい合ったデュフォー氏は、想像していたよりも遥かに若く、非常に気さくな感じの人物だった。

幾つかのミニッツリピーターやクロノグラフを手に取りながら時計談義をした後、氏は腕から外したシンプリシティーをハンカチで念入りに拭き取り、私に手渡すと、、、その他にも、上着のポケットから2つの懐中時計を取り出して見せてくれた。

一つは、氏が時計アカデミーの卒業作品として仕上げた時計(通称 スクールウォッチ)。

もう一つは、氏がレストアを手掛けた、クロノグラフ付きミニッツリピーター。

後者は、昔々の他者によるスクールウォッチだが、、、入手した当時、あちこちの部品が満身創痍の状態であったのを、相当な時間を掛けて仕上げ直したものだと言う。

それぞれの時計は、作られた年代にかなりの開きがあるのだが、、、大きな時代の差は感じられない。

どの時計も、細部に渡って入念に手仕上げされていて、、、その佇まいが清潔。

そして、その仕事に 「嘘が無い」

私が普段触れている、往年のスイス高級時計と、全く同じなのだ。

「昔の時計師の仕事を見ると、その素晴らしさにつくづく感心する。 私は、かつてアンティークウォッチのレストアを5年ほど手掛けていたことがあるが、そこから学ぶものが大変多かった。」

そういう氏の言葉に、私は心底同意した。

往年の時計師の仕事の素晴らしさとは、この四半世紀、私が毎日感じ続けていることでもあるが、、、これはその頃の時計に実際に触れてみない限り、何十年時計屋をやっていても、知り得ないものだ。

彼は一方で、こうも言った。

「今のスイスの時計アカデミーでは、こういった技術を教える指導者も、時間も無くなってしまっている。 これは非常に憂うべきことだ」

尤もこれは、時計業界に限った話しではない。

モノづくりの中心は、コンピューター制御の機械に移ってから久しい。

手を使う仕事は不必要、いや、それどころか、人間の手による仕事には多少なりとも個人差があり、これが 「製品のバラつき」 に繋がる。

大メーカーにとって、これは非常に不都合なことであるのは間違く、もう随分以前から、モノ作りは、極力 「手を使わない」 方向に進んでいる。

尤も、機械式時計が、家電のような、ただの道具、実用品、であれば、これはこれで全く問題ない。

しかし、「美しい時計」 を求める本当の時計愛好家にとっては、、、コンピューターやロボットが作った時計など、面白くもおかしくもない。

少なくとも 「高級時計」 と呼ばれるような類のものに関しては、、、熟練した人間の 「気」 を入れたものにするべきではないか。

「Simplicity」 は、そういった愛好家の希望を現実にした、現代の時計ということになる。

話しは尽きず、昨年より止まったままになっていた、パスタイムのオリジナルムーブメントプロジェクトに話しが及んだ。

「地板」 それから 「ブリッジ型の受け板」 しか出来ていないそのプロトタイプと設計図面を、、、私は、恥ずかしながら、氏に手渡した。

しばらくは、ムーブメントを握ったまま、黙って図面を眺めているデュフォー氏。

分厚い仕様書をめくり、香箱、アンクル、テンプ周りの仕様を確認する。

「昔の高級時計のように、いつまでも受け継いで行くことの出来る時計にしたい。 そういう設計になっている」

そういう私の思いは、敢えて言葉にはしなかった。

そんなことは、、、この仕様書を見れば、とっくに読み取っている筈だから。

仕様書を閉じた後、もう一度ムーブメントを手に取ったデュフォー氏は、、口を開いた。

「これ、良いよ。 この仕様で最後まで完成させたら、間違いなく素晴らしい時計になる。 但し、、、一つだけ、リクエストさせて欲しい。 」

「??」

「ダイアルでも、受け板の仕上げでもいい。 どこかに、何かTokyo ならではというか、Japan ならではのテイストを入れたら、より良いと思うんだ。 スイスにはない何かをね。」  

私は素直に頷いた。

実はこれは、私もかねてから考えていたことだったのだ。

このムーブメントの仕様自体は、極めてオーソドックスな、ジュネーブ仕様の時計に近いもの。

これはその設計工程が、、、「私の要望を聞きながら、スイスの助っ人F氏が図面を起こす」 という形で進んだことも、関係しているだろう。

それはそれでいいのだが、、、もう一つ、独自の味が欲しい。

極東の 「日本」 で作った時計なんだ、という、、、西洋の人間にとって 「異国情緒」 ある風合い。

それは何か?

具体的な手段を決定するのは、まだ先でもいい。

まだまだムーブメント自体に、相当な時間が掛かるのだ。

あっと言う間の3時間余り、、。

「日本独自のテイスト」 をリクエストしたデュフォー氏は、帰りがけに、忘れ物を想い出したようにもう一度近寄ってきて、、私に耳打ちした。

「あのまま、あの仕様のまま完成させるんだ。 変えないで。」 

固く握手を交わした私は、、、感謝の意を込めて、氏を見送った。



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