修理・レストア
懐中時計の4番車の秒ホゾが折れてなくなっています(本来は画面中央の太い軸の上部に細い軸が長く伸びる)。
多くの懐中時計同様、この時計の4番車は一分間に一周する歯車で、秒ホゾの先端は文字盤側に露出し、スモールセコンドの秒針が取り付けられる部分です。
今回はこの太い軸に穴を開け、別作したホゾ(軸)を強く圧入する「入れホゾ」によって秒ホゾを復活させます。
まず、ワックスチャックのワックスを暖めながら厳密に中心を出し、固定します。
入れホゾに関して最も重要な要素の一つです。
ワックスチャックを使用する理由は、コレットチャックを使用すると僅かなチャックの誤差がそのまま中心の狂いになってしまうためです。
完全に中心の合った状態で旋盤を回転させ、軸の中心にドリルの歯を導く為の小さな穴を開けます。
軸の「焼き」をなましてしまわずに、焼きの入った硬いままで穴を開けるため、超硬合金のドリルを0.28ミリのドリルを製作します。
ちなみに、入れホゾされたシャフト本体やカナが黒く焼きなまされている物をよく見かけますが、これは焼きなますことによって柔らかくなった鋼材の穴あけが容易になることを狙ったものです。
但し、一旦焼きなまされたカナなどは明らかに強度が低下しますので、これはお勧めできません。
穴を深くしてゆきます。
この時点でドリルが折れ込んだりすると厄介ですから、極めて慎重な作業が必要です。
ホゾ(軸)を入れるのに充分な深さの穴が中心に開きました。
別の旋盤で製作した焼き入りのホゾを圧入します。
この時点では「ホゾ」の寸法は最終的に必要なものより幾分太くなっています。
何故なら、この後ホゾを圧入した際に起こる僅かなブレを切削しながら修正する必要があるからです。
完全に圧入されたホゾを必要な寸法まで切削・研磨し、仕上げてゆきます。
秒針のパイプの圧入具合をチェックしている様子です。
完全な寸法・仕上がりを得たところで「入れホゾ」の完了です。
尚、元々このような歯車の秒ホゾはカナ(隣の歯車と噛み合う小さな歯)を含め上から下まで一体の鋼材で製作され焼き入れ・焼き戻し(必要な粘りを持たせるため、焼き入れ後に一定温度まで再加熱すること)されているものです。
したがって、厳密に言えば秒ホゾの折れた4番車の軸を完全に元通りにするには、カナの歯切りを含めたシャフトの新規製作が必要という理屈になります。
しかしながら、カナの「歯切り」を含めたシャフトの製作・交換には「入れホゾ」と比較にならない費用が必要です。
また、適切な入れホゾを行った場合、実際の時計の作動には全く影響がありませんし、視覚的にも区別の付くものでないのも確かです。
このようなことから、カナ等が全く傷んでいない車軸のホゾの欠損に関しては、従来から「入れホゾ」が「必要かつ充分」な処置であると考えられていますし、パスタイムでもシャフト・カナを含めたホゾの新規製作はオーナーのリクエストが有った場合に限られています。