修理・レストア
クロノグラフの時計をお持ちの方には「秒針を帰零(リセット)させる度に、あちこちバラバラの位置に戻る」という経験をされた方がいらっしゃるのではないでしょうか?
この場合、主な原因は
秒針本体とパイプ部分のカシメの緩み
秒針パイプと秒軸先端のグリップの不足
リターンハンマーの作動不良
ハートカムの作動不良
ハートカムとセンターホイールの固定不良
などですが、このうち経験上最もよく出くわすのは「秒針パイプと秒軸先端のグリップの不足」です。
本来、秒針軸と秒針のパイプはかなり強烈に圧入されていない限り、ゼロ位置にリセットされた際の強烈な衝撃で秒針の位置がズレていってしまいます。
しかし当然のことながらクロノグラフの秒針は、分解掃除の度に抜いたり嵌めたりを繰り返すわけですから、、、やがてパイプの穴が広がったりパイプ自体に亀裂が入ったりしてグリップが不足するようになる運命なのですね。
そんな場合は、このパイプと秒針本体のカシメを切り取り、新たに製作したパイプをカシメ直してあげればいい訳ですが、、、当然ながら、これには時計旋盤やある程度の技術が必要になります。
画像では、クロノグラフのセンターホイールの秒軸の先端がヤスリでガリガリと削ってある様子が分かりますが、これは何を意味するでしょう?
そうです。
失礼ながら、これは必要な工具も技術も持ち合わせなかった「誰か」が、何とかして失われたクロノ秒針のグリップを復活させようと足掻いた痕跡、という訳です。
結果、この腕時計の秒針のグリップは余計に失われ、秒針はあちこち好き放題に暴れ回る状態で修理に持ち込まれました。
元々クロノグラフのセンターホイールのシャフトは機械裏側の上ホゾから秒軸先端まで一体構造で出来ていて、センターホイール下部の「ハートカム」にカシメ付けられているものです。
そういう意味では、これをそっくりそのまま製作・交換するのが「正攻法」と言えますね。
しかし一方で、適切な作法で先端部分に「入れホゾ」をした場合、その「作動」自体は完全に復活するケースが多く、またシャフト全体の製作・交換と比較して費用的な負担が相当軽減されるのも確かです。
そんな訳で、今回の例では、選択肢の一つとしての「クロノグラフセンターホイール秒軸の入れホゾ」をご紹介致します。
まず、センターホイールを「完全に中心の合った状態で」旋盤にセットします。
どんな旋盤作業でも精度が必要なのは当然ですが、特にこの手の「入れホゾ」においては、この段階での「絶対的な精度」は必須条件になります。
これを一般的な「コレットチャック」などで作業すれば、、、とんでもない品物が出来上がること必至です。
次に、ヤスリで削られて「多面体」になってしまった秒軸先端を慎重に削り落とします。
次に、あらかじめ製作しておいた極細のドリルで、ど真ん中に穴を開けます。
ドリルが折れ込んだり、シャフトの胴体に亀裂が入ったりすれば大ごとですので、、、この「穴開け」は一連の作業において、最も慎重にならざるを得ない部分です。
シャフトの中心に、充分な深さの穴が開きました。
次に、別の旋盤で製作した「秒ホゾ先端部分」を、この穴に適切なトルクで圧入します。
強すぎればシャフト本体に亀裂が入り、弱すぎれば後々秒針の脱着を行った際に動いてしまいますが、、この圧入の具合は完全に「経験値」によって決まっています。
圧入した秒ホゾ先端は、あらかじめ入れホゾ作業の際に起こりえる「微妙なブレ」を考慮して、最終的な寸法よりもやや太めにしてあります。
圧入された軸の完全な固定が確認されたら、改めて先端部分をクロノ秒針のパイプ穴にピッタリの太さまで切削・研磨します。
こうすることによって、入れホゾした際の「微妙なブレ」は取り除かれる訳です。
完全に切削・研磨が終わった先端部分は、最後に「バニッシャー」と呼ばれる道具で表面硬化させます。
研磨しただけの状態と比較して、軸の表面が「黒光り」しているのがお分かりでしょうか?
これで作業は完了です。
リセットボタンを押す度に、気持ち良く帰零するクロノグラフになりました。