時計部品製作
この写真は、ハミルトンの最高グレード950(ジュエルドモーターバレル)の香箱の下ホゾの穴石が取り去られ、あろうことか鋼のブッシュ(リング状の軸受け)に交換されている様子を表しています。
本来はシャトンの内側に薄いブルーのサファイアの穴石が取り付けられている仕様なのですが、この時計の場合、おそらく修理中の不手際により穴石を欠損したのか、石を取り外して鋼のブッシュを入れてしまってあります。
確かにこの手のモーターバレル用の穴石は、まず普通の時計には使用されないサイズである為に、このように代用品で間に合わされている時計が多いのです。
モーターバレルの軸はやはり鋼で出来ていますが、時計の中でも最も負荷の大きく掛かる香箱芯が鋼のブッシュの中で回ったのでは軸の方もたまったもんではありませんね。
また品物としても、本来このサファイアまで入って23石ですから、今のままでは22石ということになってしまいます。
これは、同じ状態を反対側(機械側)から見たところです。
かなり乱暴な仕事であることが分かるでしょうか?
また今回の場合は材料的な問題だけでなく、いい加減に鋼のブッシュを圧入したために、穴の位置が本来の中心からずれてしまっています。
当然のことながら、香箱は肉眼でも確認できるほど斜めに傾いて回転しています。
さて、鋼のブッシュの中で斜めに回転していた香箱の下ホゾは当然のことながら傷だらけになって磨耗しています。
まず初めに、この香箱芯を研磨してやり、研磨済みの芯に合った寸法の穴石を選定する必要があります。
磨耗・変形の度合いによっては研磨した場合に細くなりすぎるため、新規に軸を製作する必要がありますが、今回の場合は仕上げ後の寸法が充分強度的な許容範囲ですので、このまま使用できます。
次に、鋼のブッシュをシャトンごと抜き出します。
写真は文字盤(文字板)側です。
これは、ブッシュ・シャトンが取り外された後の機械側の様子です。
研磨済みの香箱芯(下ホゾ)に合う寸法のサファイアをストックから選定し、芯とのフィット感を検査しているところです。
パスタイムでは膨大な量の穴石をストックしていますが、さすがにこの寸法のサファイアの穴石は少数です。
石の選定が終わったら、次にシャトンの製作に入ります。
写真は、洋白の丸棒から旋盤でシャトンの外径・を削り出し、その後穴石を入れるための穴を加工しているところです。
慎重に穴の寸法を加工してゆきます。
そろそろ、サファイアの穴石がジャストフィットする寸法です。
所定の寸法まで穴が広がったら、石を最終的にかしめ付ける為の縁や内部の段差を加工します。
全てが設計どおりに加工できたら、穴石を挿入します。
次に、あらかじめ加工してあったシャトンの縁を倒しこみ、穴石をかしめ付けます。
かしめ付ける際のテンションは非常に微妙で、緩ければ穴石が動き、強すぎれば石の縁をチップ(欠け)させてしまいます。
この力具合はまさに経験が物を言うところです。
この時点で、もう穴石はビクとも動きません。
ここで一旦丸棒からシャトンを切り離します。
今度はシャトンを反対向きに旋盤に固定し、裏側の加工に入ります。
このシャトンは地板の穴の中にある段差まで押し込まれて段差同士が噛み合う仕様になっているため、段差の位置・高さを少しでも間違うと、最終的な穴石の高さも不適切なものになってしまいます。
注意深く所定の位置に段差を加工します。
シャトン付きの穴石が完成しました。
材質的にも仕上がり的にも、まさにオリジナルの仕様です。
地板の段差付きの穴に圧入されたシャトン付の穴石(サファイア)です。
こちらは裏側(機械側)から見たところです。
良く見ると、穴石のレベルは地板のレベルよりも少々高く出ていることがお分かりでしょうか?
この位置がちょうど香箱の縦のアガキ(遊びが)適正なものとなる位置なのです。
ようやっと完成しました。
ご覧頂いた通り、シャトン付の穴石の交換には、単純な圧入タイプの石の交換とは比較にならないほどのノウハウが必要です。
特に今回のようなジュエルドモーターバレルの懐中時計の場合、香箱の穴石が上下とも完全な状態のものはむしろ少数で、かなりの割合の物が何らかの故障を抱えています。
「私の時計は大丈夫だろうか?」とご心配な方は、是非一度ご相談下さい。