懐中時計講座
第1回 鉄道時計
アメリカの時計産業は1850年代にさかのぼる。1851年ウォルサムの前身会社が設立されて以来ハワード、エルジン、イリノイ、ハンプデン、ハミルトン、etc.といったウォッチメ−カ−が誕生した。
ポケットウォッチの時代これらの各社は競ってハイグレ−ドな機種を作り上げた。
今日それらは貴重なものとして伝えられている。
しかし、それらのポケットウォッチについての情報は日本では極端に少なく一部の好事家によってのみ愛好されているだけでハイグレ−ドなアメリカのポケットウォッチが一般に時計好きの人々の眼にふれることもあまりない。
スイスの高級ブランドにくらべ、日本では知名度もないためであろうが、その質の高さと仕上げの美しさはスイスのポケットウォッチに勝るとも劣らないどころかはるかに凌駕するといっても過言ではない。
アメリカが前世紀の終わり頃にポケットウォッチで世界のトップに立っていたことはその内容を考えるなら、疑う余地のない事実である。資源的にも人材を考えてもヨ−ロッパでは考えられないほど恵まれていた。
そして、いま一つの大きな発展の理由に上げられるのは鉄道との関係である。
当時アメリカの主要な交通機関は鉄道であり、おそらくアメリカ全土が鉄道によって覆われていたであろうことは想像に難くない。
ここで問題になるのは、時間の管理でありそれは直接鉄道員が携帯する時計の質ということになる。
鉄道のスケジュ−ルの管理は鉄道員の持つ時計の管理にかかってくるのである。
1891年にオハイオのクリ−ヴランドで起きた鉄道事故を機に1893年、鉄道時計の規格が定められた。それは以下のようなものである。
●オ−プンフェイス
蓋なしのケ−スのこと。視認性を優先するため。
●18もしくは16サイズ
●17石以上
●5姿勢以上での調整で一週間 で±30秒以内
●華氏34度から100度での調整
●ダブルローラー
テンプの振り座 “ロ−ラ−テ−ブル”が振り石用“ロ−ラ−ジュエル”と振り竿用“ガードピン”の2重になっているもの。
これに対し、2つの振り座が1つのものをシングルローラーと呼ぶ。
●スチ−ルエスケ−プホイ−ル
テンプの腕バランスア−ムが鉄で出来ているもの。テン輪の部分は温度補正の必要上、通常は鉄と真鍮の二重構造になっている。
●レバ−セット
鉄道時計の場合ベゼルを回してカバ−をとり、その下にあるレバ−を引き出して竜頭で時間をあわせる。誤作動防止のため。
●マイクロメ−タ−レギュレ−タ−(緩急微調整装置)
これによって秒単位の調整が可能になる。
●12時位置での竜頭巻き
●ム−ヴメントのプレイト裏にグレ−ドを記
●白い文字盤に黒く太いアラビア数字を使用、黒く太い針を装備。
また、ブレゲヘヤスプリングで、華氏30度で等時性調整を施した19石以上であることが望ましい。
この規格は改められ1930年の基準は上記のものに以下の条件が加わる。。
大きさは16サイズ、アメリカ製、19石以上、温度差調整、等時性調整、精度は上記と同じ条件で、72時間で6秒かつ一週間でも30秒以内でなければならないというものになる。
こうした鉄道時計の精度規格は特別機種の基準となり、レイルロードグレードといえば、鉄道局認定品と同等、あるいはそれに近い精度をもつ時計を意味することになった。
また、実際に使われた鉄道時計には一つの特徴がある。
それは、当時これらの鉄道時計は鉄道員が買い取らねばならず、そのためにケ−スは金張りが多いことである。
今日のメッキなどとは比較にならないほど耐久性はあるが、それでも金無垢よりははるかに廉価なものなので現在も同様に手頃な価格で手にいれることが可能である。
鉄道時計の魅力は金張りのケ−スに入っているにもかかわらず、ム−ヴメントには精度維持に必要な部分には金を使用、鏡面仕上げを施すなど贅を凝らした作りを楽しめることである。
参考までに年の鉄道管理局の許可を受けた各社のレイルロードウォッチの内、比較的入手可能な機種を上げてみよう。
ウォルサム
●19石リバ−サイド
●21石クレセントストリ−ト
●23石バンガ−ド6ポジション
●23石バンガ−ド6ポジションインジケ−タ−
●23石リバ−サイドマキシマ
●19石ヴァンガ−ド
エルジン
●21石ファザ−タイム
●21石BWレイモンド
ハミルトン
●21石モデル992
●23石モデル950
ハンプデン
●21石ニュ−レイルウェイ
ハワード
●19石、21石、23石機種のすべて
イリノイ
●19石バン
●21石 Aリンカ−ン
●21石サンガモ
●21石バンスペシャル
●23石サンガモ
●23石サンガモスペシャル
これらの中には実際に鉄道時計として使われる以上の高価なクラスのものもある。
このほか先に記したレイルロードグレードには多くのアメリカンポケットウオッチの名品があるが、それはまた別の機会に紹介してゆきたい。