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「懐古趣味」

時計の話

(公開日: 2013/04/03)
時計工具 タガネ
時計工具 歯切り旋盤
時計工具

先日、店を訪れたある時計師志望の若者に聞かれた。

「アンティークの時計の修理だから、工具も古い方がいいんですか?」

表情を見ると、、、皮肉ではなく、本当に不思議に思っているようだった。

確かにうちで使っている工具は、ドライバーなどの消耗品を除くと、かなりの年代物が多い。

ちょっと考えてから、私はこう答えた。

「新しくて良いのがあればそっちを買いたいんだけど、無いから仕方なく古いのを使ってるんだ。」

「そうなんですか、、。」

彼はそう言うと、私の使っている古ぼけた時計旋盤を、不思議そうに眺めていた。

実際、それが本当のところなのだ。

古い工具を使っているのは 「アンティーク時計屋のこだわり」 や 「懐古趣味」 と言うわけではなくて、、、現在、時計修理用に販売されているものの質が、あまりに低いから。

もし両者の質に差がなければ、、磨耗も経年劣化もしていない 「新品」 の方が良いに決まっている。

これは以前にもお話ししたことだが、、、以前、「旋盤」 にしろ 「タガネ」 にしろ、スイス製の新品を買い込んでみたことがある。

新品だけに、特に旋盤などは各種オプションパーツも豊富で、、、あれも欲しい、これもやりたい、とフルオプションで注文したのだった。

しかし、半年後にスイスから届いた旋盤一式を使い始めて、、愕然。

並行して使っていた昔の旋盤に較べると、、、ベアリングにしろベッド(土台)にしろ、とにかく、何から何までチャチでヤワなのだ。

結局 「期待はずれの時計旋盤」 は、、、2年足らずでガタガタになり、お払い箱行き。

一方、タガネの方は 「見栄え」 こそ悪くなかったが、、、材質が、あり得ない柔かさ!

真鍮の部品を叩いただけで 「パンチ」 の先端が潰れてしまい、、、即日 「練習生用工具」 に降格したのだった、、。

もっとも、現代の工業製品が全てダメ、などと言うつもりは毛頭ない。

ご存知の通り、主要産業用の各種工作機械には、素晴らしく高性能なものがあるのだ。

要は、時代が変わった、ということ。

かつて時計と言えば 「機械式時計」 しか無かった頃。

「時計製造」 や 「時計の修理」 は花形産業で、、、アメリカやスイス、それからドイツ、イギリスなどの各工具製造メーカーは、競って良質な製品を開発していた。

これが「斜陽産業化」して久しい今、機械式時計はもっぱら一部の愛好家対象のものとなり、、、当然「時計修理用工具」の需要も激減。

つまり、「時計修理用工具」は、、、メーカーにとって 「投資する意味の薄い分野」となった訳だ。

実際、これら「新品工具」を手に取ると、、、メーカーの 「やる気の無さ」 がヒシヒシと伝わってくる。

斜陽だろうと何だろうと、、、それを生活の糧にしている者にとっては、とても使う気になれない代物。

結局のところ今でも私は、、、オーバーホールや注油を繰り返し、ロートルの工具を使い続けているのだ。



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