時計の話
NOTICE:This article written in Japanese.
ここでは、ご注文いただいた懐中時計が納品されるまでの整備の流れを詳しくご紹介致します。
今回の時計は今月納品される、パテックフィリップのスプリットセコンドクロノグラフ(フィラデルフィアの有名宝飾店、ベイリーバンクスから販売された時計)の懐中時計です。
まずは、分解してしまう前にケースの状態(大きなヘコミ、リフトスプリングのヘタリ、表・裏蓋の閉まり具合等)、針の状態、リュウズの巻き心地、時刻合わせの作動具合、現時点でのムーブメントの精度、天輪の振れ、穴石の割れ・・・などなど、可能な限りしっかり把握し、時計の修理箇所を見極めます。
次に、文字盤を外し、今度はダイアル(文字盤)の下の部品類の状態、作動具合、穴石の割れなどを点検していきます。
今回の時計では、文字盤下に傷んだ部品がありませんでしたので、そのまま分解していきます。
傷んだ部品等が見つかった場合はこの時点で製作し、作動具合を確認します。
分解したスプリット機能関連のパーツです。
この部分だけでもそれなりの数の部品がありますので、検品には充分な慎重さが必要です。
テンプ回りやクロノグラフ関連の部品等、受け板側のパーツも充分に観察し、ケースに入ったままの状態で安全に分解できる物に関しては、この時点で取り外してゆきます。
クロノグラフのセンターホイールや中間車、及びそれぞれの受け板やテンションスプリングなど、クロノグラフ関連の部品を取り外しました。
この時点でムーブメントをケースから取り出し、機械台に固定します。
この時点で、より詳しい観察・検査を行います。
この時計の場合、当初からスワンネックの調整用のネジがなくなっていました。
規制するネジがないために、レギュレター(緩急針)は進みの方向に振り切った状態になっているのがお分かりでしょうか?
1887年という製造年を考えると、この程度はよくあることですが、勿論そのままという訳にはいきません。
以前販売した同仕様の時計の画像を参考にし、オリジナルと全く同じ仕様で新たにネジを製作しました。
写真は完成したネジを取り付けたところです。
ここでは、製作の過程をご紹介しませんでしたが、ご興味のある方は、「スワンネックネジ製作」をご覧下さい。
天芯の製作・交換にかかります。
今回の時計は、そのままの天芯でもまあまあの精度が出ていましたが、厳密にはやはり若干の磨耗が原因と思われる姿勢差が認められましたので、新規に製作・交換しました。
ちなみに、本格的なアンティークウォッチに関して言えば、程度の差こそあれ、殆どの場合、天芯には磨耗・曲がり・改造等が見られます。
この時計で一秒間に5回、一日にして432000回もテンプが振動する事を考えると、これもごく当たり前のことですね。
パスタイムでは、納品整備において、90パーセント以上の確率で天真の交換を行っています。
完成した天真を天輪にかしめ付け、ローラーテーブル(振り座)を取り付けます。
次に、振れ見という専用工具に取り付けて、天輪の振れ(歪み)を慎重に取り除きます。
天輪の振れが完全に取れたら、今度はポイジングツールという工具で天輪の片重りを解消します。
天輪の片重りは、時計の姿勢差に直結する要因になりますので、特に慎重に取り除く必要があります。
ちなみに、少しでも天真に曲がりや偏磨耗があると正確な作業が出来ないので、そういう意味でも天真が新品状態であることは大変重要になってきます。
必要な処置を終えた後、分解されたパーツです。
まずは、ベンジンで下洗いをします。
少々面倒でもこうすることによって、後の洗浄器による洗浄後の綺麗さには確実に違いが出ます。
特に相当年数経過しているアンティークウォッチに関しては、殆どの場合、洗浄器のみの洗浄では不充分です。
ベンジンによる下洗いが終わったら、次に自動洗浄器による洗浄に入ります。
受け板の表面など、洗浄器の遠心力によって特にキズの付きやすい部分に関してはガーゼを当てて保護します。
ゼンマイに関しては、天真同様、ほぼ全ての場合新品に交換します。
写真は、長い年月を経て完全にヘタってしまった鋼のゼンマイと、新たに入れる形状記憶合金のゼンマイです。
100年以上経った時計のゼンマイが元々のオリジナルのものである可能性はほぼ0ですし、仮にオリジナルだったとしてもヘタリきってしまって本来のトルクが出ないので交換が必要です。
※ゼンマイに関してご興味のある方は、資料・コラムの項の[「ゼンマイについて」:]をご覧下さい。
いよいよ自動時計洗浄器による洗浄に入ります。
パスタイムで使用している洗浄器は6層式で、途中2ヶ所で超音波洗浄されるタイプです。
洗浄後、汚れの取り除かれた地板です。
ちなみに、自動洗浄器での洗浄後も、僅かな汚れが残っていないかどうかのチェックは必要です。
ここで、あらかじめ下洗いをしたかどうかが生きてきます。
こちらはダイアル(文字盤)側です。
機械の組み立てに先立って、まずは香箱にゼンマイを入れて蓋をします。
この時計の場合、巻止め装置が付いていますので、これを適正なテンションでセットします。
巻止め装置は、ゼンマイの有効なトルクに限って使用する目的の規制装置で、比較的ハイグレードなスイス、イギリス、ドイツの懐中時計においては一般的です。
アメリカにおいてはあまり重要視されなかったようで、極初期の一部モデル以外に殆ど見ることがありません。
余談ですが、以前ある方が、「某所に分解掃除に出したら、それまで30時間ぐらいしか動かなかった時計が、36時間も動くようになった」と喜んでいたのですが、これは、修理中に、付いていた筈の巻止めを欠損させたか取り去ってしまった事を意味しますので、注意が必要です。
いよいよ、地板を機械台にセットして、組み立てを開始します。
香箱、角穴・丸穴車、その他の歯車をセットしてゆきます。
セットした歯車類を固定する受け板の裏側です。
それぞれの受け板を順次取り付けてゆきます。
必要に応じて、各所に注油します。
テンプまで組み上がった段階で、時計本体の作動具合・精度を確認します。
歩度測定器で精度等を検査・調整します。
特にこのような複雑時計の場合、交換したゼンマイのトルクが不適正であった場合や、動作に何らかの不具合が確認された場合には、この時点で解決しないと後々大変な時間の浪費になります。
組みあがった本体部分をケースに取り付けます。
その後、順番に付属機能の部品を組み込んでゆきます。
クロノグラフ関連の部品が組みつけられたところです。
各部の注油、正常な作動が確認されたら、今度は文字盤側に移ります。
時計本体にクロノグラフ関連の部品が組みつけられた文字盤側の様子です。
ダイアル(文字盤)側のスプリット機能関連の部品を組み付けて行きます。
特に繊細な部品が多いので、慎重な作業が要求されます。
いよいよムーブメント部分の最終工程です。
一通り全ての部品の組み上げ・注油が完了しました。
最後に、ダイアル(文字盤)とそれぞれの針を取り付けます。
全ての組み上げが完了した後、再び作動具合の確認、精度の調整を行います。
万一、この時点で保証精度内の精度が計測できない場合は、必要に応じて調整作業を繰り返します。
整備完了後、おおよそ2週間程度の精度試験を継続し、保証精度に合致した精度(この時計の場合・日差+-5秒以内)が計測されれば終了です。
この時点で、お客様に納品のご連絡を差し上げます。